大人でもPFAPA・FMF非典型疑い

2015年から原因不明の高熱に悩まされ診断つかず2019年にPFAPAまたはFMF非典型疑いと診断された四十路の記録

【読書】満月の泥枕 道尾俊介

 

満月の泥枕

満月の泥枕

 

 

上の娘がまだ2歳ぐらいの時に、家族で旅行に行ったことがある。その時に景勝地であったその場所で、深い渓谷にかかる橋があった。娘はまだ小さいから怖いもの知らずで、その橋の柵のところを手でつかみ、足をかけ下を覗いていた。

 

娘の体の小ささからすると、あの柵の隙間は通り抜けられただろう。幸いその時は、一緒に行っていた親戚が近くにいたのですぐに引き離してくれた。

 

その晩、僕は娘が橋から落ちる夢を見た。

 

正確に言うと娘の視点で橋から落ちた夢を見た。落ちていく感覚は、昔体験スカイダイビングをした時の飛行機から飛び出した感覚だ。でも子供だからそれがどういう状況か分からない。落ち切らないところで目が覚めて、呆然とした。

 

他の人にもあるのかどうか分からないが、僕は妻や娘がもし殺人鬼に襲われたら?とか自転車で走っている時にトラックに跳ねられたら?とか、考える必要のないことを考えていつも胸を苦しくする。娘が落ちる夢は今でもたまに見る。

 

この小説を読みながら、そうした胸の苦しみを何度感じたことか。自分の子どもを幼い時に事故で亡くすことの苦しみ哀しみ。計り知れない。

 

主人公が人生をそれで棒に振るような感覚。そういう風になるのかもしれないなあ。そんな気がした。特に男は弱いのかもしれない。

 

小説そのものは手の込んだストーリー仕立てで、ハラハラドキドキさせる展開の速い面白い内容だ。だが通底して哀しみや苦しみがどこかしらに本の少し顔を見せながら話が進んでいく印象がした。

 

それは常に子を亡くした主人公の良く言えば素直さ、悪く言えば頭の悪さが走させているような気がする。理知的な人間が悩むのとは異なる、感情的な反応がそうした読み手の感情をうまく刺激しているような気がする。

 

読み終わってしばらくして考えてみると、ここまで手の込んだストーリー仕立てにする必要があったのかは疑問だが、読み応えのある小説だったのは確かだ。

 

Life is the dancer and I am the dance.

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