ボンヤリズム

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【コト】目標とは何か?必要なのか?不要なのか?


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いま休職中なので時間がたくさんあります。「目標」について考えてみました。

 

そもそも目標とは何か?

〜ができるようになりたい。〜になりたい。〜が欲しい。という欲望ベースが土台にあるのが目標だと思います。そうした欲望がベースにない目標って逆に思いつかないです。

 

その、感覚をわかっていると次に疑問に出てくのが「なぜ?〜したいと思うのか?」という目標の根拠です。

 

目標の根拠

考えてみれば誰にでも「〜したい」という気持ちはあるわけです。人間の基本的欲求から考えれば、「腹減ったからなにか食べたい。」「眠いから寝たい。」などの欲求から「朝飯食べよう。」とか「7時間は寝たい。」とか自然に「目標」は立てているわけです。

 

今挙げた基本的欲求からくる目標は立てているという感覚さえなく、無意識に処理されているわけですが、それでもそこには根拠があります。生きるためです。 この欲求にはレベルの差こそあれ、かならず根拠があります。それは「目的」と言えます。

 

目的がないように見える目標

職場で目標管理制度を導入してから、スタッフの目標を見ていて出会うのですが、「これなんのための目標?」とか「曖昧すぎて何がしたいのかよく分からない。」という目標があります。 目的が明確でない目標です。実はこれ大きな問題なのです。

 

目的がない目標に見える目標には、隠れた目的があります。それは「目標を立てること」が目的だということです。 なので自分で推進しておいて言うのもなんですが、目標管理制度が形骸化していると言えます。(汗)

 

目標設定自体が目的となる原因

ではなぜそういうことが起きるのか?組織の方針や目的が不明確、またはそれがあったとしても社員が共感できていない、そんな場合が多いのではないでしょうか。 なので何のためにがない目標が乱立することになりますし、目標を立ててそれで目的を果たしてしまっているので、行動はそこから生み出されないのです。

 

3年前に責任者になってから、目的を明確にするために理念の再構築や中長期目標の設定などを行なってみましたが、今のところ形骸化から脱せていません。 来年度に向けた対策として、3つあった中長期目標を思い切って分かりやすいもの1つに減らしました。そして全体の年間目標を役職者以外で決めてもらうという方式を取りました。 各自の目標の根拠となる目的も自分達である程度意識してもらって、少しでも個人目標が形骸化しないようにと試行錯誤しています。

 

目標設定そのものはレベルの低い話

個人的には目標設定をするというのはレベルの低い話だと思っています。というのは冒頭で話したとおり、何かしたいというのは誰もが持っているものです。ですから、それをわさわざ「目標」などとあらためて形式化する必要はないのです。

 

仕事上でも「こうしたらより良くなるな」と考えるか否かの問題で、わざわざ「目標」などと言う必要はないと個人的には思います。なので目標管理制度を導入しておいて言うのもなんですが、目標設定という仕組み的発想が僕は大嫌いです。 (笑)

 

ただ、それでも仕組として制度を入れるのには理由があります。自発的に考える人が少ない、組織としての求心力が弱いと考えるからです。わたしは経営者じゃないので組織としての求心力のなさには毎日嘆いていますが、逆に嘆けるのは経営としてこうしたほうがいいのにとか、こうしたいよねという思いがあるからです。 だからわたし自身は目標を立てなくても、色々と自分でやるし実際に形にしていく過程で責任者になりました。

 

キツイ言い方をすると、「目標を立てなきゃいけない人=したいことがない人」と思います。 その感覚からいくと、目標設定そのものはレベルの低い話です。

 

したいことがあれば、何も言われなくても試行錯誤するはずです。その過程で目標設定のビジネス書を読むのならまだしも、目標ありきでビジネス書を読んでも計画倒れは目に見えています。

 

目的を考える必要性

やっぱり大事なのは目的意識でしょう。本来は制度に誘導されることなく、やりたいことをしていく必要があります。

 

だって私生活で目標管理制度なんて無くても、やりたいことできている人は多いと思うのです。それは無意識的に目的が明確だからです。

 

もちろん働く人にはそれぞれ働く目的が異なります。そこまでこちらでマネジメントできません。なので組織を運営する側に立てば、本当の意味で重要なのは人事採用になるでしょう。しかしこれはなかなか難しいです。わたし自身もまだなんの手応えもありません。(笑)適性検査も導入していますが、よくわかりません。

 

来年度も目標管理制度を継続しますが、もっと本質的な部分にテコ入れしなきゃいけないなと感じています。それが制度の見直しなのか、並行してまた別のことを行う必要があるのかはまだわかりません。

 

確実なのは目的管理の必要性です。

 

目的管理制度は可能か?

各自、働く目的がバラバラな場合に、目的を同じ方向に向けるのは、制度では無理なのではないかと考えています。大事なのは上に立つ者が一貫性を持つことと、継続的な行動と結果の提示だと考えています。

 

それらを前提にして、今のところ思いつくのは職員との対話、対話、対話です。

 

目標管理制度は今のところ、会社のやるべきことがわからない人、そもそも働くのが面倒な人、会社に忠誠心がない人、そうした職員のための制度に成り下がっています。なのでまずは普段から対話を通じて、目的のすり合わせわ根気よくやっていくしかありません。 わたしが責任者になる前からいる人の働く目的をすり合わせるのはなかなか困難な道のりです。究極は人の入れ替えが1番手っ取り早い方法なのでしょう。ただ人の入れ替えも対話を通してズレをお互いに確認するところからしていくしかありません。

 

私生活における目標について

最近になって私生活では、目標を立てる必要はないと思うようになりました。放っておいてもしたいこと、こうありたいと思うことは自然に出てきます。それで十分です。

 

大事なのは私生活においても「目的」でしょう。ただ、生きるという目的を達成するための基本的欲求の充足などの土台は皆同じでも、人生のどの段階にいるかによって個人差が出てきますから一概にまとめられないものです。

 

ひとつ言えるのは、詰まるところ「幸せでいたい」という目的は共通ということなのでしょう。

 

幸せは数字で測れない主観的なものです。わたし自身、あなた自身でしか感じることができないものです。

 

今、自分は幸せか?この瞬間瞬間に意識をはせながら生きていきたいものです。

 

Life is the dancer and I am the dance.

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