ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

【コト】自律神経障害 まとめ④

多分これがまとめの最後になると思う。

 

前回述べたのは思考の癖の話だった。何でもかんでも義務感で捉えがちな思考の偏りが自律神経障害を引き起こすストレスの原因になっていた。

 

注意が必要なのは、これは「僕の場合」であるということ。人によっては異なる原因からストレスが起きることもあるのでそこは理解してほしい。

 

義務感がどこから来たのか?答えは振り返ってみると簡単だ。結婚、子供、昇進。この3つがほぼ同時に僕のライフイベントとしてあったのがこの約5年だ。

 

どれも祝うべきライフイベントで喜ばしいことなんだが、それぞれ僕個人に責任がかかってくる。どんな人でも責任が生じるという意味では同じだが、僕はそれをかなり重く受け止めたのだろう。

 

なぜ他人事のように書くかというと、当時僕にはその自覚はなかったからだ。今でもそこまで重く捉えていたのかどうかよく分からないままではあるが、振り返ってみるにそうとしか考えられない。

 

よってストレスを引き起こした思考の癖を取っ払うには、この無自覚な重すぎる責任感から逃れることが必要になる。

 

重すぎる責任感というものを今になって考えると、義務感が自分のアイデンティティになっていた感がある。外部に生じる出来事と自分自身を同化しすぎていた感じだ。

 

他者からの観点、社会の中であるべき自分、そうした外部に規定されるものに縛られていたと感じる。ではどうやってそれらから逃れたか?

 

にわかには信じてもらえないかもしれないが単純だった。

 

単に捨てた。

 

いろいろ考えることさえ面倒くさくなって考えるのをやめた。

別に辞めさせられても非難されてもいいやと思って仕事をサボるなど捨てた。

将来のことを考えて不安になることの無意味さに気づき、なるようになるだろうと捨てた。

別にしないといけないことなんてなくて、したいことか単にすることしか世の中にはないと義務感を捨てた。

 

そうした単なる放棄が一気に進んだ。

 

何をきっかけに進んだかというと、エックハルト・トール氏への回帰だった。

 

エックハルト・トール氏についてはここでは述べない。スピリチュアルなことについてここで述べるつもりはないが、単純化して言うと東洋的思想への回帰である。

 

仏教、老荘思想

 

僕がラッキーなのはこの手の思想にすでに通じていたことだろう。ただ、この数年間は完全に忘れてしまっていた。過大な環境変化が起きたとき、僕は全く思い出せずに飲み込まれた。

 

本当の意味で通じていなかったのだろう。

 

今そこから抜け出しつつある僕は本当にラッキーだと思う。

 

自律神経障害からうつに至る人も多いと聞く。なかなか自覚することは難しいのだが、大きな環境の変化の中にいる人は気をつけてほしい。

 

少しでもこのプログが役立つことを願う。

 

Life is the dancer and I am the dance.

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