ボンヤリズム

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【読書】水曜の朝、午前三時 蓮見圭一

 

水曜の朝、午前三時

水曜の朝、午前三時

 

 

男の僕には女性の性質の一ミリも分からないけれど、この小説は珍しく読むのが止められずに就寝時間を超えても読み続けた本になった。推理小説やサスペンスでもないのに。

 

小説の中身の詳細の解説は、あとがきで十分に検証されているし、それ以上のことを僕は改めてページをめくり返して確認する気はない。僕がこの本から感じ取ったのは、先日記事にした「死生観」だった。

 

覚悟の話でもないし、リーダーシップの話でもない。

 

生きるということは、死を前提にした時にこそ輝くのだろうか。そんな想いだ。主人公の女性が思い出す昔の恋愛話や、その思い出から感じる生への躍動感が短い文章の中に見事に凝縮されていて、読む者の心をつかんで離さない。

 

結局、人は死を目前にした時、すべての人生を肯定せざるを得ない。逆言えばそうした機会を得たことを、この主人公は感謝しているのではないだろうか。そしてその生への肯定感を語らずにはいられなかったし、それが自分の娘に対してだったというのも何か「託し」を感じる。

 

また語り手として義理の息子が最初と最後に出てくることにより、さらに生の輝きが増すような気がしてしょうがなかった。

 

人は必ず死ぬ。1回しか生きられない。いつ死ぬか分からない。

 

恋人、家族、配偶者、仕事、酒、たばこ、旅、友人...

 

人生とは流れゆくものであり、流れは常に正しいのだ。でなければ、死は受け入れられないだろう。死を思い生を請け負う。

 

素晴らしい小説だった。

 

Life is the dancer and I am the dance.

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