ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

【WEB】早期英語教育には僕も懐疑的である。まずは日本語だよ。

娘の通う幼稚園には英会話のクラスがある。追加費用のかかるクラスで、ネイティブのオーストラリア人が歌や絵本などを使って英会話を教えているらしい。

 

話は自分の半分自慢話、半分恥さらしに変わる。

 

僕は親のすねをかじってではあるが、18歳の時に単独で海外へ行った。高校時代の英語の成績は人に見せられないほど。かろうじて中学時代に英語がそれなりに得意な科目だっただけである。

 

向こうの空港についてから街に出るのにも英語が話せない、何を言っているのかわからないで大変苦労した。そんな感じだった僕も帰国時には、TOEIC935点。普通に英語で夢を見るレベルだった。

 

今は帰国して20年以上経つので、その当時の英語力はないが日常会話に困ることはない。そんな親として、この記事は納得である。

 

president.jp

 

まあ、僕はもうペラペラではないけれど、娘が望まない限り英会話をわざわざ習わせる必要性を感じていない。

 

それよりも母国語である日本語をしっかり身に付けて欲しい。

 

なぜなら、僕はちゃんと18歳からでも英語が一時的でもペラペラしゃべられるようになった。必要に迫られて。でも肝になるのは英語は言葉という道具でしかないことだ。

 

だから記事の最後にもあるように、今すでにある翻訳機もすごいが、AIによる自動翻訳機が大活躍して英語が喋られなくても仕事ぐらいはできる日が必ずくるだろう。

 

ただ一つ僕がこの記事に英語を学ぶ良さを付け加えるとしたら、それは多言語をしゃべられるようになるということは、多様な視点が持てるということである。文法が違うということは、頭の中の論理構成も変わるのだ。

 

で、英語を話す人ならわかると思うが、言葉が変わるとパーソナリティもなぜか変化する。僕の場合英語を話し始めると、いきなり外交的になる。不思議だろうが、本当である。

 

なので外国語を習うのはおすすめだ。実用性というより、自分の能力を高めるための手段として。ただし、幼児期にやる必要性は僕もないと思う。日本語でしっかり話せることが大事だ。

 

よっぽど書道の教室に通った方がよい。日本人としてのアイデンティティ愛国心を育てたほうが、本当の意味でグローバルに活躍できるはずだ。

 

Life is the dancer and I am the dance.

 

 

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