ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

【読書】日本語の作文技術

 

【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)

【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)

 

 

随分昔だが、Urayasu Unlimitedというサイトがあった。とにかく文章が上手で、憧れたものだった。最近では、辰濃和男氏のエッセイが好きで、こんな文章がかけたらなあっていつも思う。

 

そんな思いもあって手に取ったこの本だが、残念ながら途中途中かなり飛ばしながら読んだ。なんというか、とにかく僕には頭に入って来づらい文章だった。それでもいくつか有用な部分はあったので、引用して紹介しておく。

 

まず、この本は文法書ではないので、文法語の使い方がちょっとだけおおざっぱだ。修飾語というのは副詞なども含み、要するに主題を修飾するものをすべて修飾語とするとある。

 

修飾語の語順には四つの原則

1、節を先に、句をあとに。
2、長い修飾語ほど先に、短いほどあとに。
3、大状況·重要内容ほど先に。
4、親和度(なじみ)の強弱による配置転換。
のうち、とくに重要なのは最初の1と2の二つで、
はほとんど同等の比重とみてよい。p86

 

なるほどとは思いつつ、実際に書いてみないと分からない原則だ。特に、僕は文章を書く時は、一文をできるだけ短く書くことを念頭に置いているので、修飾語自体がさほどないかもしれない。

 

次に参考になったのは、ヒゲカッコの使い方である。カギカッコも含めて、その使い方には無頓着だったので参考にしたい。

 

なお、さきに「進歩的ジャーナリスト」とか「このように不正確な"引用“をされると・・・・」と書いたときに“進歩的”や“引用”のところでヒゲカッコ(チョンチョンカッコ)を使った。ヒゲカッコはこのように「本当はそうではない」ときとか、「いわゆる」つきのときに使われる。また自分たちでは使わないけれども相手側が使う言葉をそのまま使う場合にはカギカッコに入れる。p94 

 

それといつも悩むのが句読点の打ち方だが、それについてはずばりこう述べている。

 

重要でないテンはうつべきてはないp107

 

 

しかも、僕はほぼ必ずうっていた句読点も実は必要ないということも判明した。というか、使い分けが可能だということだ。

 

例文の「しかし」も「だが」も、ひとつの接続詞にすぎない。ここで筆者がテンをうったのは、この接続詞の持つ反転の意味をとくに強調したかったからである。とくに強調したくないのであれば、「しかし彼女の 」「だがそうは……」とテンを省けばよい。
a父は死んだ。
b父は、死んだ。
p111

 

ただ最初の修飾語の原則は、著者の言う以下の点の使い方の原則の適用で、ある程度文章の並べ方の自由度を高めるとも言える。

 

第一原則:長い修飾語が二つ以上あるとき、その境界にテンをうつ。(重文の境界も同じ原則による。)
第二原則:原則的語順が逆順の場合にテンをうつ。
右の二大原則のほかに、筆者の考えをテンにたくす場合として、思想の最小単位を示す自由なテンがある。これによって文章にさまざまな個性が生ずるが、「いいかげんなテン」ということとは正反対の極にある。p130 

 

最後にびっくりしたのが次の引用だ。これは知らなかった。英語での小論文の訓練を受けた僕はいままで英語の論文通りにしていた。

 

たとえば、「クジラ·ウシ·ウマ·サル·アザラシは哺乳類の仲間である」というとき、イギリス語などは「クジラ·ウシ andアザラシは……」という並べ方をする。つまり, andは最後のひとつにつけ、あとはコンマで並べていく。翻訳でもこれと全く同じ調子で「クジラ、ウシ、 そしてアザラシは 」としている無神経な著述家がある。だがこの表現は、日本語のシンタックスにはないものだ。この場合正しい日本語にそのまま置きかえるなら、反対にandに当たる助詞を次のように前にもってくる。
「クジラやウシ·ウマ·アザラシは」p233

 

さて、僕がきっちりと読んだ部分は少ないが、こうした作文技術が豊富な例(あまり読む気がなくなる)と、図式(あまりじっくり分析する気にならない)で紹介されている。中には「ヘドが出そうな文章」として、素人が新聞に投稿した文章をけなしている内容もあり、そのあたりは僕も”ヘドが出そう”だった。(笑)

 

本文を読む限り、会って話したいタイプの人ではないなと思っていたが、あとがきを読むとなんか文章が穏やかなのである。何だろうこの差は。

 

Life is the dancer and I am the dance.