ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

【仏教】自分で決めて自分で大なう主体的な生き方 大愚和尚動画より


自分で決めて自分で行う 主体的な生き方|大愚禅【主人公】

 

更新頻度の上がった大愚和尚の動画への気づきや感想がたまっていて追い付かない。大愚和尚の精力に負けないよう精進したいとは思うのだけど。(笑)

 

お題の「主人公」。これまさに7つの習慣で言うところの"Be Proactive"の話だ。このブログで7つの習慣に関する記事を追いかけてくれている読者の方には明白だろう。しかし、本当に自分は人生の主人公であるということに気付いている人は稀じゃなかろうか?

 

他人との比較によって自分らしさを確認していたり、忙しさをアピールすることで自分を表現したり。そんな比較によってしか自分らしさを表現できない人を良く見る。もちろん僕自身にもそうした部分が無いわけではないが、本質的に自分らしさを貫くのは他人との比較や、外から与えられる価値ではない。

 

常々言っているように、人は相対的にしか存在できない社会的動物だけど、相対的イコール依存的とは限らない。ここを間違えるのは本質的な間違いだ。

 

少し話はずれるけど、自分の見ている世界が他人にも同じように見えている保証ってどこにもない。確認しようがない。例えば「きれいな緑だね。」と言ったところで、きれいの基準の合わせようがない。その人の経験値によって、きれいさの認知レベルは異なるだろう。同じように緑という色にも同じことが言える。

 

面白い話にエスキモーの人には白という色の種類が何種類もあるそうだ。日本人には数種類しかない。他の言語にはもしかしたらないかもしれない。文化的な認知レベルというものも存在する。

 

個人と文化というレイヤーを通して語られる個人の世界観は、もはや主人公の世界観ではないか。他人との相対性によって存在するが故に、主人公でいられるという部分もある。人との違いから自分を知る。それはありだろう。

 

しかし、人との違いに依存して自分を作り上げるのは主人公ではない。この壁を破るの容易なことではない。

 

単なる「自分」とか「主体性」という言葉にだまされてはいけない。その本質を見極めなければ。

 

Life is the dancer and I am the dance.

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