ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

【読書】色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

 

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

 

 

たぶん村上春樹氏の小説を初めて読んだ。エッセイは読んだことがある。僕自身も走っていたので(そろそろ再開したいのだが)、そのエッセイは読みやすかった。

 

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

 

今回の小説も昔に読みづらいと感じた頃に比べれば、とても読みやすく感じた。彼自身の書き方が変わったのか?僕自身が成長したのかよくわからない。

 

しかし、登場人物の語りが異常に小難しくて、こんな語りをするのは日常的な人にはいないだろうと感じた。おそらく村上春樹氏の頭の中はこんな言葉で埋め尽くされているのか。

 

どうでもいいことだが、泳ぐことの描写が綿密な部分がうれしかった。泳ぐ人にしか分からない感覚が上手に表現されていて、やっぱりこの人アスリートだね。後、新婚旅行に行ったフィンランドが出てきてワクワクしたり。本筋とは違うけど。

 

色彩を持たないとは、どんな感じかなと思っていたが、いわゆる虚無のことを言っているのかと思った。だって、この世に色彩の無いものって、空気くらいでしょ。

 

つくるは虚無から何かを作り出す人。皆は明らかに最初から何かしらをもって生まれてきた色彩があるように見えるけれど、実はそれぞれの色彩には色彩の持つ苦悩があった。色彩は個性。

 

しかし、個性ってのはそれ自体で存在しえない。相手に輪郭づけられて初めて浮き立つもの。色彩の場合は、白がキャンパスであることで他の色が浮き立つ。白って過酷だよね。色で埋め尽くされていくことで、輪郭として浮き立つものだから。

 

色彩を訪ねて歩く虚無。

 

だけど、色彩は実は個性の一つであって、実は存在として輪郭において、実は大事なものがある。そういうことに気づくための、虚無の旅だったのかも。

 

巡礼とは聖地を旅してまわる事。そこにはある種の信仰心があるわけで、その聖地に赴くことで、自分の中にある一つの軸を確かめている。

 

松下幸之助さんは、そんな聖地に集まって奉仕活動する人たちをみて気が付いたらしい。人はパンのみに生きず。

 

仲良しグループでお互いを認めあうことで存在を確認するところから、一人の存在として社会で存在すること。その自由の責任みたいなものを読後に感じた。

 


Liszt - Années de pèlerinage - I. Suisse - 8. Le mal du pays

 

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