読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

【読書】創造的脱力

 

 

脱力とかゆるさとか、とても魅力的なキーワード。でも、それを魅力に感じる裏には、そこに徹しきれない、あるいは受け入れられない現実があるから。

 

JKとかニートとか、僕には縁遠い人たちの例を基に、創造的脱力が語られていく。うーん、具体的に自分の生活や仕事に落とし込めそうな話があまりない。

 

ただね、ゆるさってやっぱり大事だと思ってはいる。ゆるさには余裕があるから、その余裕さの範囲で色々な問題に対する適応力が上がるとか、意外なつながりが発生するという面はある。

 

大学生時代にあるスポーツサークルを立ち上げた時、「まじめに遊ぶ」というスローガンを掲げたんだけど、これが実に不評だった。(笑)「矛盾してる」と。いやいや、その矛盾したところが肝なんですけど。と思いつつも、この感覚はなかなか理解しがたいのかなと当時は思っていた。

 

本来のゆるさってこんな感じかなって、今でも思ってる。遊び=脱力やゆるさなのかは分からないけど、単にゆるいのとは違って、遊びにはそれなりのルールがあるから楽しい。

 

この本の主張するゆるさにはそのルールの存在があるのかないのか?その辺がよく分からなかったかな。そのルールの必要性や不必要性みたいなものも、当事者に任せるみたいな印象で、ある意味、この著者アイディア出して丸投げ?フォローはするけど。みたいな感じを持った瞬間もあった。

 

となると、JKやニートやずれた若者みたいな人たちをターゲットにサービス立ち上げても、結局はルールを自分なりに見つけられた人達だけが、そのサービスに合致していくだけちゃうんかなぁと感じた。

 

グラデーションはこれまでになく多様なのは間違いない。ディバーシティを考慮した社会作りは大事だけれど、それでも社会の仕組みの中で生きていくからには、どの時代にもその仕組みに合わない存在が存在しうることになる。

 

世の中の移り変わりは早いから。著者はその狭間で揺れ動く人たちのために、途切れなく緩衝材的にサービスを提供し続けるのだろうね。

 

それはまあ価値としてはあるんだろうね。ただ、脱力やゆるさが変なトレンドやイデオロギーになるのは危険だと思う。結局、社会はそこを軸には回らないもん。

 

Life is the dancer and I am the dance.