ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

【仏教】「無気力」の原因と「やる気」を取り戻す方法  大愚和尚動画より


「無気力」の原因と「やる気」を取り戻す方法

 

便利になりすぎた世の中により、身体を使うことが減り頭を使うことが増えた。その結果人生の意味が見出だせない人が増えた。だから身体を動かしてみよう。というのが趣旨。

 

確かに手紙なんて書かなくなったなあ。確かに便利になる前に使っていた時間の中身が変わった。その時間の中身が変わったことにより、ではその時間を使う私たちの質が変わったかというと、どうだろう?

 

個人的な例で申し訳ないが、2つ例を挙げてみる。

 

  1. 27年前に留学していた時、日本の家族友人との連絡手段は手紙だった。国際電話なんて高かった。今はお金かけずにビデオ電話可能な時代だ。くそっ。
  2. 高校生の時、好きな女の子に電話するときは、10円玉や100円だまを握り締めて公衆電話に行った。電話すると向こうの親御さんが出るから、どう挨拶するかシミュレーションして、どきどきしながらしたもんだ。今は携帯みんな持ってるし、小銭なんて握り締めることもない。くそっ。

 

なるほど確かに身体を使うことが減ってる。しかし、書いていて思ったのは、多分この問題は、「身体を使う VS 頭を使う」の問題じゃなく、「時間」の問題なんではないか?

 

僕は通勤で歩いている。歩いて通勤して十年以上。皆に不思議がられる。なんで自転車にしないの?なんで車買わないの?よう歩くわ。すごいですね。ダイエット?運動のため?

 

答えは全部ノー。身体を使うためじゃない。

 

答えは、時間を持つためだ。歩くという行為においてしか生まれない時間があるからだ。その時間じゃなきゃ見れない聞けない感じられないものがあるからだ。そして、それが楽しいからだ。

 

歩いて通勤するのは、その時間が楽しいからだ。時間をかけることが、楽しさを生むからだ。

 

なので、和尚のいうような身体を使うということ自体がこの話の要点ではないと思う。手段としての身体。ここが大事なんだろう。

 

和尚が言われなかったのが不思議だったことがひとつある。

 

それは、この世に意味などないから別に無気力でいいじゃないか。ということ。徹底的に無気力になってみて、それでなんの問題があろうか?問題があることが問題だろうか?そうであればこの世の中問題だらけだ。

 

全ての人が問題がなくなることが仏教の本質ではないはずじゃなかったのか。問題があっても、それでも幸せだと感じられるかどうか?そこが仏教の本質なような気がするのだけれども。と、無理して処方箋出さなくても良いのにと思う動画だった。

 

いや、この大愚和尚の動画大好きなんだけどね。

 

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