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ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

私は、仏教を学び続けます

23時就寝、6時起床。

久しぶりに入浴中に読書。

 

 

昨日の3行日記

車が夜間にライトをつけずに走ってきた

妻が弁当を作ってくれ、昼食時に他のスタッフと会話が盛り上がった

のんびり一日を過ごす(仕事中も)

 

昨日の4行日記

事実:仏教聖典の言葉で少し楽になった

発見:やっぱり仏教はすごい

教訓:折に触れて仏教に立ち返るのが良い

宣言:私は、仏教を学び続けます

 

楽になった仏教聖典の言葉

すべてことばには、時にかなったことばとかなわないことば、事実にかなったことばとかなわないことば、柔【やわ】らかなことばと粗【あら】いことば、有益なことばと有害なことば、慈【いつく】しみあることばと憎しみあることば、この五対【ごつい】がある。

この五対のいずれによって話しかけられても、
「わたしの心は変わらない。粗い言葉はわたしの口から漏【も】れない。同情と哀れみとによって慈しみの思いを心にたくわえ、怒りや憎しみの心を起こさないように。」と努めなければならない。
例えばここに人がおり、鋤【すき】と鍬【くわ】を持って、この土地の土をなくそうと、土を掘ってはまき散らし、土よなくなれと言ったとしても、土をなくすことはできない。このようにすべてのことばをなくしてしまうことはのぞみ得ない。
だから、どんなことばで語られても、心を鍛えて慈しみの心をもって満たし、心の変わらないようにしておかなければならない。
また、絵の具によって、空に絵を描こうとしても、物の姿を現わすことはできないように、また、よくなめした柔らかな皮を摩擦【まさつ】して、ざらざらした音を立てようとしてもできないように、どんなことばで話しかけられても、決して心の変わらないように、心を養わなければならない。
人は、心を大地のように広く、大空のように限りなく、大河のように深く、なめした皮のように柔らかく養わなければならない。
たとえ、かたきに捕らえられて、苦しめられるようなことがあっても、そのために心を憎くするのは、真に仏の教えを守った者とはいえない。どんな場合に当たっても、
「わたしの心は動かない。憎しみ怒ることばは、わたしの口を漏れない。同情と哀れみのある慈しみの心をもって、その人を包むように。」と学ばなければならない。

 

 今日も、「頑張らないし我慢しない」一日を過ごします。