ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

ラリリーランド 常習者の方々の夢の国!?

22時半就寝、6時半起床。


マイクロコンポのCDが再生しなくなったり、出てこなかったりするので、購入したJoshinに修理依頼を出した。5年間の長期保証に入っていたからだ。ところが今日連絡が来て、有償での修理になるという。しかも、修理をしなくても見積もり代がかかるという。なんなんだこの5年間の長期保証って?規約的にそうなるんだろうし、別に騙すつもりはないんだろうけど、なんか騙された気分。こちらの無知と言えばそうかもしれないが、CDがどうして故障したかなんて故意でない限り分からないし、すごく残念な気分。いずれにしても予想外の出費になりそうだ。


覚せい剤大麻の逮捕の報道を聞いていつも思うのは、なんかディズニーランドみたいな隔離された場所に常習者を放り込んで好きにさせればいいんじゃないかということ。覚せい剤やってる人ってそれなりにお金持ってそうだし(実際は知らないけど)、お金払ってもらったらいい。結局逮捕しても再犯多いし、税金使うのもったいない。一応そこには更生プログラムも用意しておけばいい。ラリリーランド。なんてことを妻に言ったら「それ最高に冷たい考えだね。」と言われた。


通勤時に聞いていたPodcast仏教聖典の朝の部第20話でちょっと感動した。こんなの紹介しても興味ない人にはただの怪しい宗教の戯言なんだろうけど、仏教を実践心理学、実践哲学の最高の形だと思っている僕としては紹介せずにはいられない。


第20話 さとりと迷い

 さとりにはきまった形やものがないから、さとることはあるが、さとられるものはない。

 迷いがあるからさとりというのであって、迷いがなくなればさとりもなくなる。迷いを離れてさとりはなく、さとりを離れて迷いはない。

 だから、さとりのあるのはなお障げとなる。闇があるから照らすということがあり、闇がなくなれば照らすということもなくなる。照らすことと照らされるものと、ともになくなってしまうのである。

 まことに、道を修めるものは、さとってさとりにとどまらない。さとりのあるのはなお迷いだからである。

 この境地に至れば、すべては、迷いのままにさとりであり、闇のままに光である。すべての煩悩がそのままさとりであるところまで、さとりきらなければならない。


すげぇよ、仏教。反対の反対は元に戻るようでいて全く違うものなのさ。そんな感じ。


今日の読書:「幸せ」について知っておきたい5つのこと

今日の運動:徒歩通勤往復1時間

今日の仏教仏教聖典Podcast