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ボンヤリズム

Life is the dancer and I am the dance.

生き切って、よっしゃあと死ぬ

23時頃就寝、5時10分起床

 

6連勤の最終日。連勤と入っても半日勤務が合間にあるので、日勤6連勤ではないが、明日は仕事という晩が6回連続であるのは気分的には疲れる。とはいえ、僕の仕事はかなり自由に休みが取れるし、有給休暇も100パーセント消化できるから、かなり恵まれている。以前は好きなように休みをとっていたが、役職が付いてからは会議に合わせたり、出勤するスタッフの数に合わせたりして、出勤する日が自由には選べなくなっている。まあ、それでもよく休めるほうだ。

 

仕事が昼までだったので、帰り道に入ったことのない喫茶店に入ってみた。実は1人でしたいことがあったから。それは「人生における本当の自分の目標はなにか?」をじっくり考えるということ。あるサイトでこんな記事を見つけたのがきっかけ。

 

www.lifehacker.jp

実際にやってみた。ところが、30分間本当にこのことだけ考えて、たった32個の言葉や文章しか出て来なかった。100個なんて無理無理。そして涙が出そうになる気配もなくて、残念な気分で終了。

 

人生の目標って言われても、ピンとこなかった。事実から考えてみると、生まれた時には目標なんて無いわけで、その後も本質的に人生には目標なんて無いよなって思った。人生の中のその時々で目標はあるだろうけど、「人生」の目標ってねぇ。ちなみに僕が30分考えて最後の32個目に出てきたのは「生き切って、よっしゃあと死ぬこと。」というもの。人の役に立つとか、家族を愛するとか、そんな感じの文章が理想なのかもしれないけど、そんなのは嘘っぽくて全くしっくりこなかった。嘘っぽいというか、嘘じゃんと思った。だって、役に立つか立たないか他人が判断するわけだし、愛するぞと思って愛するってなんか違うし。どんな生き様であろうと、それはそのまま受け入れてでも精一杯に生き切るってのが大事だし、その結果として後悔なく死ぬってのが、究極的な人生の目標じゃない?だとしたら、みんな同じはずなんだけど。

 

なんでこんなこと考えるに至ったかと言うと、仕事の事で悩んでいるから。今の職場には医療専門職として10年以上勤めてるんだけど、2年前に職場の当時の責任者が退職。専門職としての経験年数的と年齢的な要因だけで、僕が責任者にと推されてなった。けど、僕はサラリーマンからわざわざ専門職になるために国家資格を取った人なので、部署のマネジメントよりも臨床がしたかったわけ。ところが残念ながら、僕が見ても当時僕以外にマネジメントができそうな人がいなかった。なぜなら、僕はサラリーマン時代に新規事業の立ち上げに携わったりで、結構濃密なマネジメントの経験があったから。僕が引き受けなければ部署は迷走すると思ったのもあって引き受ける事になった。

引き受けたはいいけど、いまだに臨床と管理業務の間で揺れている。このまま管理職方面へまっしぐらと行く覚悟を決めるのか、臨床で患者さんのために頑張る覚悟で行くのか、心が定まらない。だから管理業務をしながら「なんでこんな仕事せなあかんねん。」と思ったり、患者さんに向かいながら頭の中は管理業務のことでいっぱいになって患者さんへの意識が薄れたり、仕事にのめりこめない自分がいる。しかもそうした迷いが家でも続くので、家の中でもその場その場の生活にちゃんとのめり込めていない感じが続いている。こうした迷いから抜け出したいというのもあって、色々もがいている。

 

今日、喫茶店で考えた暫定的な答えとしては、まあ、もがいてるんだったらまだまだもがけばいいじゃん。そのうち覚悟決まるから、もがいてる間は一所懸命もがいて、覚悟決まったらその方向で一所懸命になればいいってこと。

 

今日の読書 「走れば脳は強くなる」

今日の運動 徒歩通勤往復一時間